デジタル化にあたって「デザイン思考」という考え方の重要性も指摘されています。
これから世界と渡り合うのに必要不可欠な思考とされているのです。
思考が変わる、変革が起こると言われているけれど、いったいどんなものなのか簡単に説明します。
デザイン思考とは
デザインとは設計するという意味で、新しい価値の創出を期待されています。具体的には以下の特徴があります。
- 人間中心の設計
- ユーザー中心で課題を発見
- 仮説を立て、実証し改善を繰り返す
AppleやGoogle、サムスンやGEなど、世界を先導する企業のアプローチ方法としても採用されています。
ユーザーも気づいていない問題や課題を捉え、発見し、ユーザーに共感しながら解決策を創造できるのです。「実験的思考法」とたとえられることもあります。
「デザイン思考」の3つの重要ポイント
デザイン思考の重要ポイントは以下のとおりです。
ポイント1:ユーザーの「共感」や「満足」が問題解決に向けて最も重きを置く要素
ポイント2:問題の定義付けと解決意図を明確にした上で、アイデアの創出と組み合わせ、試行錯誤を繰り返しす改善が必要
ポイント3:バイアスや固定観念、思い込みを取り払い、前例にもとらわれないアイデアが重要
デザインを経営学の分野に導入したのは、アメリカの政治学者・認知心理学者・経済学者ノーベル経済学賞受賞者であり、1996年『システムの科学(The Sciences of the Artificial)』という論文を発表したハーバード・サイモン教授です。
デザイン思考が注目を集め出したのは2004年頃。
2005年にスタンフォード大学にd.schoolが創設され、Business Week誌が「design thinking」と題した特集号を発行し有名に。
2008年、ハーバードビジネスレビューにIDEO(アイディオ)のCEOであるティム・ブラウン(Tim Brown)が「IDEOデザイン・シンキング」を発表し、ビジネス領域での関心が高まりました。
マーケティングの変遷により「デザイン思考」が必要
現代はVUCA(Volatilie 変動する、Uncertain 不確実な、Complex 複雑な、Ambigous 曖昧な、という意味を現す造語)の時代です。
ユーザー自身も気づいていない自分の課題を解決することに価値があります。
モノがあふれたこの時代では、モノが世に出ただけでは売れません。ユーザーの興味がモノを手に入れることから、モノを手にした後の体験・感情を満たす「コト」に対象が変わりました。現代は、ユーザーの視点に立ち、モノだけではなく「コト(体験)」を作ることが必要な時代なのです。
実際のユーザーの行動、経験、視点を受けとめて、設計するのがデザイン思考です。作る側や提供する側の一方的な思い込みや押し付けではなく、ユーザーの側に立ったモノや出来事の受け止め方や視点をデザインに生かす必要があります。
DXにも「デザイン思考」が必要
DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは、データやデジタル技術を駆使して、ビジネスに関わるすべてに変革をもたらすこと。進化し続けるテクノロジーや発達した生活に合わせて、ビジネスの在り方自体を再構築していく取り組み。様々な企業が急務として取り組んでいます。
デザイン思考はDX推進においても、ユーザーのニーズをくみ取りサービスなどに反映できる重要な要素。ユーザーのニーズに沿ったサービスやプロダクトをいち早くリリース・改善していくことが求められているからです。
「デザイン思考」は製品やサービスのユーザーが抱える真の問題と最適な解決方法を探索し創出する思考方法であり、DX推進において顧客に新しい価値提供をするために有効な手法である。
出典:情報処理推進機構「DX白書2021」
「デザイン経営」で日本の苦境を救う
デザイン思考と経営の関係を交えながら、デザイン思考の必要性について説明します。
「デザイン経営」宣言:経済産業省、特許庁
デザイン経営とは、「デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営である」のこと。経済産業省と特許庁は「日本企業の経営者がデザインを有効な経営手段と認識して」いないこと、「グローバル競争環境での弱みになっている」としました。
そしてブランド⼒とイノベーション⼒を向上させる経営の姿である「デザイン経営」を推進しているのです。
アップル、ダイソンなどの世界的に有名な企業はデザイン経営を実践して成功した企業といわれています。
デザイン経営に必要な条件とは、以下のものなどを挙げてます。
- 経営チームにデザイン責任者がいる
製品などがユーザー起点で考えられているかどうか、ブランド形成に有効かを判断し、必要な業務プロセスの変更を具体的に構想するスキルを持っている人 - 事業戦略構築の最上流からデザインが関与する
デザイナーが最上流から計画に参加する - 推進組織の設置
- アジャイル型開発プロセスの実施
- 人材育成
デザイン経営による利益
欧米では、デザインへの投資を行う企業のパフォーマンスについての研究が行われています。以下のように、デザインへの投資を行う企業は高いパフォーマンスを発揮していると判明しました。
- デザイン投資に対して営業利益は4倍
- デザインを重視する企業の株価は10年間で2.1倍
- 成長デザイン賞に登場することの多い企業(166社)の株価は、市場平均と比較して10年間で約2倍成長
参考:デザイン思考と相性のいい開発手法
「デザイン思考」は仮説検証型のプロセスであるため、短期間で問題解決策を模索することからユーザーからのフィードバックを受けながら修正を繰り返す必要があります。
・アジャイル開発
必要な機能から開発に着手し、改善や追加の機能を細かいサイクルの開発工程を繰り返しながら実装する開発手法
・DevOps
開発担当と運用担当が技術的のみならず組織的文化的にも連携することでスピードと品質の向上を目指す開発手法
・リーンスタートアップ
コストをかけずに最低限の機能を持った製品やサービスを短時間で作り、改善を繰り返すことで成功モデルに近づける方法
デザイン思考に必要なマインド
デザイン思考とは新しいマインドセット(考え方)で、メソッド(やり方)ではありません。必要なマインドのポイントについて説明します。
常にユーザー視点
デザイン思考は、ユーザーの問題解決を必ずユーザー視点で考えるようにしましょう。
もちろんビジネス観点の要素も必要ですが、質の高いユーザー視点こそがデザイン思考の必要な要素なのです。
ただしユーザーの欲しいものを聞き、その通りに行うという考え方とは違います。ユーザーは本当に自分の欲しいものがわからないため、深掘りしていくことが必要です。また「浅く広いニーズ」よりも「狭く深いニーズ」を重視します。
新しい発想が必要
デザイン思考はユーザーの視点に立って、何が問題なのかを調査してアイディアを出していきます。特定のユーザーの抱える悩みを解決することに固執すると、ありきたりの解決策ばかりを考えてしまいがちです。
デザイン思考を活用した画期的な解決方法の創出には、ユーザーの課題の定義が画期的であることの方が重要なのです。
より潜在的な問題を探るためには、ユーザーの共感とともに幅広い視野や革新的な発想でのアプローチが必要です。
思い込みにとらわれない
多種多様なアイデアを発散し、仮説検証によって徐々にまとめることが必要です。
思い込みにとらわれず、発想が偏よらないよう注意しましょう。初期の段階からアイデアを固めすぎてしまうと、柔軟性が失われます。結果的に新しいアイディアも出にくくなってしまうことも。
ユーザーの行動や要望は時代と共に変化するので、常に多様性のあるアイデアを持つ必要があります。
共創する、コミュニケーションを重視する
デザイン思考では、チームメンバーやユーザーなど、人同士のコミュニケーションを活発にしながらアイデアを出し合うことを重要視しています。些細な議論もオープンに交わすことで、フラットに意見しやすい環境の構築が必要です。
社会や個人の変化は変革へのチャンスとしてとらえる
変化し続ける時代のニーズに合わせて、絶えず改善し続けることが必要になります。ユーザーの好みやライフスタイル、ニーズや環境、実現方法の変化も受け入れることにより、新しい価値を提供できるのです。変革がなければチャンスもありません。
想定できないほどの低成長・多様化・個別化と技術革新の社会の中で、デザイン思考は有効な方法なのです。
「デザイン思考」と相性のいいフレームワーク
新しい思考法である「デザイン思考」を実践する時に、どんなアプローチ方法がいいのか、活用したいフレームワークを紹介します。
共感マップでユーザーの本質を把握する
共感マップ(エンパシーマップ)は、ユーザーの思考や価値観を把握するためのフレームワークです。ユーザーの本質をより理解するために、ユーザーに対して以下の視点が必要です。
- 見ているもの
- 聞いていること
- 考え、感じていること
- 発言や行動
- 痛みやストレス
- 望んでいること
カスタマージャーニーでユーザーの行動を時系列を整理する
カスタマージャーニーとは利用者とサービス提供者のかかわりをストーリーとしてまとめ、利用者体験のエンドツーエンドを整理し視覚化したもの。商品などを発見し、使用意向をもって実際に行動するまでの体験を旅に例えたものです。
多様なユーザーの状況を把握し、アプローチ法を変えていき、チーム内で認識を共有するために必要です。
ファシリテーションで円滑にコミュニケーションを行う
会議を円滑に進める技術のことであり、議論を促進し問題解決が得られるようサポートをします。デザイン思考は多くのメンバーを組んで考えていくプロジェクトです。
社内でデザイン思考のプロジェクトを組む人材を選ぶときも、以下の多様な人材を集めましょう。
- 専門性
- 多様性
- 性格(新しいことにチャレンジできるかなど)
- 理解力
- デザイン思考のトレーニングを受けているか?
ブレインストーミングはアイデアを放出するのに役出つ
アイデアを発散する際に使える手法がブレストです。複数人で行うので、様々な視点のアイデアを効率的に集められます。ただしブレストを行う目的が、目新しいアイデアを些細なものまで放出するということがわかっていないと、価値のあるブレストにはなりません。
マインドマップで意見を集約する
ブレストで提示されたアイデアや、メモに書き出した考えを集約するマインドマップ。線と図形だけで構成されており、図解が苦手な人にもおすすめです。多様な意見の整理に役に立ちます。
プロトタイピング(試作品)で検証をする
検証・改善を重ねて最終的に優れたプロダクトに近づけていく手法がプロトタイピングです。チームの共通認識を作り、比較的低コストで早い段階から価値の検証が必須のデザイン思考には欠かせません。
ユーザーに実際使ってもらう試作品・プロトタイプを作り、早い段階で「手を動かす」ことがなにより重要です。検証・改善を繰り返すことで、最終的にニーズのあったものを作り上げる事ができます。
デザイン思考の5つのプロセス
スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所では、「デザイン思考」を実践する際には、以下5つのプロセスを踏んでいく必要があると提唱しています。
共感(Empathize)
デザイン思考では、このペルソナの行動理解と共感を「カスタマージャーニーマップ」という行動を時系列に考える方法と、ペルソナの言動や感情を受けとめる「共感マップ」という方法を使って、具体的に可視化して把握していきます。
定義(Define)
観察・共感から得られた情報を元に、ユーザーが求めているニーズを見出していきます。ユーザーが意識的あるいは無意識的に行っている行動や選択の根拠に、課題を探り出します。
概念化(Ideate)
ユーザーの課題定義ができたら、それを解決するアイディアを出していきます。ブレーンストーミングなどを利用してアイディアを数多く創出するのが一般的です。
アイディアの大小を問わず、突飛な発想も歓迎し、思いつくものをできるだけ多く挙げてみましょう。すべてのアイディアや意見に対して、フラットでポジティブな姿勢で受け止めることが大切です。
試作(Prototype)
アイデアがある程度固まったら、プロトタイプ(試作品)を作ります。完璧なモノを目指すのではなく、形にしてみることによって、新たな問題点に気づいたり、アイデアがより具現化できたりします。
テスト(Test)
プロトタイプができたらユーザーに向けてテストを行い、検証・改善を繰り返すことでクオリティをより一層高めていきます。
「デザイン思考」がもたらす4つのメリット
「デザイン思考」の実践には4つのメリットがあります。
メリット1:アイデア提案の習慣化
「デザイン思考」では、「とりあえずアイデアを提案してみる」「とりあえずやってみる」ぐらいの些細なアイディアを提示し、検証していくスタンスが奨励されています。失敗してもよいという意識を持つことができ、提案が出しやすくなるのです。
メリット2:イノベーションの創出
「デザイン思考」はユーザー中心設計の考え方です。ユーザーのニーズと向き合い、課題の本質を解明し解決することによって、新しいアイデアが生まれ、新しい価値が創出されます。
メリット3:多様な意見の受容
多様性が重視される現代において、画期的な視点や発見を得るための「デザイン思考」により、多様な意見を受容することが必要であると認識することができます。
メリット4:チーム力の強化
「デザイン思考」はチームのメンバー同士でのコミュニケーションを中心に活動します。思考を進めるための手法「5つのプロセス」では、メンバー全員が参加し地位や上下関係に関わりなく、自由かつ公平に発言することにつながるのです。結束力が高まり、チーム力の強化につながります。
デザイン思考のデメリット
デザイン思考は万能な考えではありません。デメリットについて説明します。
コストがかからないと言われてるけど、実は一定のコストがかかる
デザイン思考は低コストで検証するから安いと言われますが、全くかからないわけではありません。実は人件費などのコストがかかります。ただしデザイン思考は、初期段階から顧客を検証しつつ進めるので、従来の方法と比べて低コストだと言われています。
人的コストもかかります。デザイン思考のプロジェクトには、各部署から仕事のできるエース級の人材が出されることが多いです。エース級の人材を中長期間拘束すると、部署に負担がかかるためコストが大きくなります。しかもすぐに結果を出せるとも限りません。
デザイン思考に向いていない課題がある
デザイン思考は、解決するとインパクトの大きい課題に向いています。明確な答えが存在している、幅広いアイディアを集める必要がない、問題を解決するために時間やコストをかけるメリットが小さいトピックはデザイン思考が向いていません。
たとえば、パソコンのCPUをアルゴリズムで高性能化するという正解がすぐにわかる課題は向いていません。
社内でデザイン思考を定着させる努力が必要
一定のコストがかかり、デザイン思考を使えるまでに時間がかかるのが欠点です。例えばデザイン思考を使ったプロジェクトの場合、チーム全員がデザイン思考を理解している必要があります。すぐに成果も出ず、コストや時間がかかることを理解していないと、デザイン思考は役に立たないものと判断されがちです。
長期的な視点に立って、プロジェクト以外でも、デザイン思考についての教育が必要になります。
ありきたりなアイデアを出してしまう可能性が高い
同じような特性を持つ人材を集めていては、現状の打破まで至らないことが多くなります。
斬新で多様なアイデアを出すためには、できる限り専門性と多様性を持った人々を集める必要があります。社内の各部署や社外からも人材を入れるのがベストです。ただし高度な専門知識や経験が必要とされるデザイン思考を体得している外部人材を見つけるのは容易ではありません。
影響力の強い人に引っ張られやすい
デザイン思考プロジェクトの欠点に、声の大きい人に引っ張られやすいという特徴があります。話しやすい環境を演出できるファシリテーターを入れて、上手にみんなから意見を引き出しましょう。たとえば上司部下が一緒のプロジェクト、萎縮した空気の中では、のびのびとしたアイディアが出ないのは明白です。
このため優秀なファシリテーターの存在が必要不可欠なのです。
ユーザー中心になりすぎてモチベーションが上がらない
ユーザー起点の思考法のため、自分自身との関係性が薄くなってしまい、事業立案の情熱が足りなくなることも。
これに対して、スタンフォード大学ではアートシンキングというより主観的な経験に基づいた思考法を取り入れた新たな取り組みを行っています。
モチベーションを上げる工夫が必要です。
参考:従来の思考法と何が違うのか
●アート思考との違い
「デザイン思考」と「アート思考」はいずれも、アイデアを創出するためのものです。「デザイン思考」で基盤になるのはユーザーニーズであり、すでにある製品やサービスをさらに進化させる場合に有効。アート思考で起点となるのは自分が持つ自由な発想です。
●「論理的思考(ロジカルシンキング)」「批判的思考(クリティカルシンキング)」との違い
論理的思考は、情報を整理し、話の論旨を明確にする方法で、批判的思考は、現状を把握し、問題や解決策の現状打破を意図しています。
デザイン思考はユーザーに寄り添い、観察し、共感し、その人にあった解決策を考えていく、「人間中心」のデザインプロセスです。
まとめ
デザイン思考とは、デザイナーだけが必要なマインドのことではありません。革新が求められ、不確かな時代と言われている現代、誰もが必要なマインドです。
なぜならば、ユーザー視点で課題の解決を図り、柔軟なアイデアを重視し、検証改善をくり返す手法だからです。
しかし革新的な思考法なので、「デザイン思考」そのものについて、また有益性についての教育が必要になります。
また一定のコスト、成果が出るまで時間がかかることを考慮し、長期的な視点でデザイン思考に取組んで行きましょう。